地域包括たばこ屋システム

ものがたり

訪問している30分かそこらの時間に、5人のお客さんがたばこを買いに来た。

今日が特別繁盛しているわけではなく、いつもそんな感じ。

「おばちゃん、1箱ね」

「あいよ」

「顔きれいになったじゃん」

「そうかい?ま、ありゃひどかったもんねぇ」

「気をつけなよ」

先日、道端で転んで顔面打撲。お岩さんのような顔になっていたおばちゃん(80代)。入院になっちゃぁ困ると、通行人が心配する中を血まみれになりつつも自力で帰宅。

店は閉めない。

マスクで隠しつつもバレバレで、お客に驚かれること数知れず。

「あんたそんなんじゃ大変だろう」

と、近所の90歳が煮物を差し入れに持ってくる。

90歳のおばぁちゃんも元は客。医者に言われ禁煙したとか。

「悪いねぇ。返すもの何もないんだけど・・・あ、醤油もらったんだ、持ってく?」

「助かるよぉ。重いものは買いに行けなくてねぇ」

商談成立。

転倒してから購入させられたシルバーカー。

「問屋に行くのに荷物が入らないから使えないよ」と、まだ未使用。本当は恥ずかしくて使い始めるのに勇気がいるんだって。

近所の病院に見舞いに訪れた人がたばこを買いに来た。

「いいじゃん。うちのなんか、もう押し車も押せないよ。これ使えるうちが花だよ。」と笑って声をかけていった。

この前は、常連のお客が来て悩み相談をしていった。家庭のごたごたや、その他もろもろ。

「あんた最近よく買いに来ると思ったら、そういうことか。たばこ吸いすぎだよ。今日は買うのやめときな。」

ほんとに売らずに、話を聞くだけで帰してしまった。

親の代からやってるたばこ屋。常連客もまだ多い。

お客の吸うたばこの銘柄も、値段も、全部頭の中。レジスターなんかなくて、暗算。そろばんはホコリをかぶっている。

なんでアリセプトなんか飲んでるのかって聞いたら「ボケない薬くれって医者に頼んだんだよ」って。

店先と奥の6畳間を行ったり来たり。膝が痛いと言いつつも、座卓生活は崩さない。

転倒も、足がもつれたんじゃなくて、気を失った拍子に顔面からアスファルトに突っ込んだらしい。

「軽い脳梗塞を起こしたんじゃないかなと思うよ。左手がこわばるんだ。旦那が脳梗塞やってさ。あん時は右側やられてた。旦那が右で私は左。あの人とはどこまでも相性悪いんだよ、きっと。」

バファリンが追加されたおばちゃんは、両親と夫を看取った介護のベテラン。両親がそろって入院した時には病院に鍋いっぱいの雑煮を作って持参し、患者から看護師にまで配り歩いたという武勇伝が残っている。

「小売りはどこも潰されていくよ。売りが悪いとさ、外国のたばこなんか卸してくれなくなるんだよ。近所のコンビニがうちの後釜ねらってるんだよね。コンビニはでかい会社だからね。あっちの先に牛乳屋あるだろ?あそこと『税金が10%になったらもうダメだろうね。あと2年くらい持つかねぇ』って言ってるんだけどね。」

地域包括ケアシステムなんていう言葉がバカバカしく思えてくる。そんなものより強固な自然のシステムがあったのに。

賢者はちゃんと知っている。何が大切か。

愚者である私たちがそれをつぶしてる。活かさなくちゃいけないものをつぶして、都合のいい言葉遊びをしている。

たばこ屋の窓から、高層マンションが見えた。

なんだろう、このいびつな世界は。

ただの看護師の私に、いったい何ができるんだろう・・・。

すべてのものがたりは実体験に基づいていますが、個人が特定されないよう一部脚色をしております。ご了承ください。

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