訪問看護ステーションの所長になったばかりのころ。
あまりの緊急コールの多さに涙が出た。
所長になるまで非常勤だった私がオンコールを担当したことは数えるほどしかなかったけど、所長になるのと同時に常勤社員がいなくなり私一人で毎日オンコール対応をすることになった。
当時、頻繁にコールをしてくる「やっかいな利用者」とされる人が何人かいた。この「やっかいな人」たちが、とても大切なことを気づかせてくれたと、今でも思っている。
ピックアップ(歩行器)でなんとか歩けるレベルの女性と、息子さんの二人暮らし。息子さんは仕事で日中は不在なため、毎日のヘルパーサービスと週1~2回の訪問看護。息子さんにお会いすることはめったになかったが、一風変わった取っつきにくい印象の人だった。
彼女はとても活動的で室内をあちこち移動する。そして自分の体調にとても神経を尖らせ、不安がつのり体調をくずすこともしばしば。
転倒で流血してコールしてくることもあれば、不安でコールが繰り返されることもあった。
夕方から夜間にかけてのコールが圧倒的に多く、残業してようやく自宅に帰りつき玄関のノブを掴んだとたんに電話が鳴りUターンしたり、休日に子供と遊んでいる最中に呼び出され、泣き叫ぶ子供を夫に託すことも。
間が悪い・・・うえに頻繁で、私は精神的に追い詰められていた。
ある日、深夜に電話が鳴った。
「母がベッドからずり落ちて叫んでいます」
怪我はしていないが自分では立ち上がれないと。
条件反射のように「今から行きます」と答えた。
車で向かいながら、私の心は何かがモヤモヤしていた。
到着すると本人はベッドを背もたれにして床に座っていた。息子さんはリビングで深夜番組を観ている。
「あぁ、やっと来た。」
彼女の体重は30kgを少し超える程度。息子さんは50歳台・・・ポロっと出た。
「息子さんではお母さんを持ち上げられませんでしたか?」
(なんでこんなことで呼ぶの?女性の私よりよっぽど簡単にベッドまで戻せるよね?これ、おかしいよね?)
「だって、したことないですもん。こういうのはあなた達の仕事でしょう?違うの?」
頭をガツンと殴られた気がした。
そうだ。よくコールしてくる「やっかいな人」を作り上げたのは看護師だ。私だ。
その後、緊急コールをしてきた利用者たちがどんな状況で、どんなタイミングで呼んできて、どんな対応をして、どんな結果になったのかを過去1年分くらいさかのぼってみた。記録を見返し、記憶を引き出し、その時のことを当人に聞いてみたりもした。
「なるほどぉ。そういうことか!」
「呼ばせない」ではなく「来なくてもいい」になる。
もしくは「今のうちに相談しとく」になる。
そのためには関係性をきちんと築く。安心と一緒に自信を身につけてもらう。
ステーションが利用者の都合に配慮するのと同じように、利用者がステーションの都合にも配慮してくれるようになる。遠慮じゃなくて配慮。
お互いさまが成り立つ。
だって同じ人間だし、同じ人間じゃないから。
「支える」んじゃなく「支えられる」でもなく。
「手をつなぐ」「肩を並べる」感覚。
緊急対応は「次に生かす」材料になる。だから行く。何が起こったのか一緒に振り返って、一緒に学ぶ。
これが「いざ」という時の心構えになっていく。
今になって思えば、こんなことにも気付かない私って何だったんだろうと笑えてくる。ひでぇ看護師だったな・・・と。
いつでも誰でもうまくいくとは限らない。
でも、この感覚は緊急コールだけじゃなくすべての場合の根底になるような気がする。
看護師が、在宅にいる理由そのものだと思えてならない。
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