お食事中のかたはご遠慮くださいm(=_=)m
沖田さんはパーキンソン病でした。ついでに排尿障害があってお小水の管を常時付けていました。
奥さんと一軒家に二人暮らし(実はもう一人いる)で、元時計の調整士でした。
白髪で色白で物静かで(病気のせいもあるけど)几帳面で優しい顔のおじいちゃん。奥さんは大柄でいつもコロコロ笑っているけどちょっと人見知り。
さぁ…どうです? いい感じのご夫婦を想像しましたか?
ずいぶん前の事ですが…私の訪問看護人生最強の思い出深いお宅で、いまだその地位(記憶)は不動の存在でございます。
大きめの平屋のご自宅は、いわゆるゴミ屋敷。
介護サービス導入当初、3トントラックでかなり処分したはずでしたが、奥さんの収集癖はもちろん処分できず。月日をかけて元の木阿弥と化していました。
玄関はゴミで埋まっているため縁側から訪問。あちこちガラスの抜けた引き戸を開けると、まず落とし穴。看護カルテ記載の間取り図には×印が数か所。まるでお宝が隠れている地図のようにみえるが、これがトラップのしるし(笑)。「踏んだらヤバイ」系。
そのトラップを抜けると8畳のゴミの山の中から奥さんが顔だけ出して「いらっしゃい♡」と出迎えてくれる。隣にある本人の部屋までは唯一畳が見える奥の細道が続いている。
本人のいる6畳間は中央に特殊寝台(介護ベッド)。手前にスペースは確保されているけど、奥は未踏のゴミの山。壊れかけたタンスが周囲を囲っている。
調子がいい(薬を飲んでいる)とトラップ手前まで出迎えてくれる沖田さん。でもたいがいベッドから起き上がれずにいる。
布団をめくるとザァーっと数匹のゴキブリが逃げていく。沖田さん毎回ニコッと笑う。
清潔という言葉が存在しない世界。お小水の管もドロドロ。よって膀胱内もドロドロ。雑菌に強い沖田さんは膀胱炎なんて起こさないが、なんせ管が詰まる。だから訪問目的は膀胱洗浄。(管から注射器みたいなやつに水を入れて膀胱と管を洗い流す)
洗浄で出た排水を入れるためのバケツはいつも新聞紙で蓋をしているのだけど、バケツの内側には毎回驚異的な繁殖力でウジがびっしり貼りついていた。もちろん親(ハエ)もブンブン飛んでいる。
ある日、調子のいい(動ける)沖田さんと3年越しの洗髪にチャレンジしてみた。
風呂場の入り口はゴミでたどりつけない。未踏の地代表である台所だけはお湯が出る。ゴミをかき分けつつたどり着いたら、シンクはなぜか焼き鳥の串だらけ。それも縦にシンクに突き刺さるように数千本はあった。
「焼き鳥、好きだったのね…」
「あぁ、あれがね…」と、妻を見て微笑む。
3年越しの洗髪は、仙人のようなロン毛がずるずる抜けて串の上に銀色のミニ絨毯が出来上がった。
ある日、訪問を終えて帰ろうと奥の細道を通っていると天井裏からゴソゴソと音がした。上を見ると天井が抜けて屋根の梁が見えているところにはしごが掛けてある。「猫がいるの?」と何気なく奥さんに聞くと「ううん。弟が住んでるの。」とこれまた何気なく答えられ、笑顔のまま絶句した。
看護師を気にかけてくれる奥さん。帰る前に必ずお茶をご馳走してくれた。どうやってコップを空にしたのか、その過程は想像しないほうがいい感じのコップ。ガラスだけど透けてない…。毎回、深呼吸してから一気飲みした。それを見届けると奥さんはにんまり笑う。私も雑菌に強いタイプなのか、腹が痛むことはなかった。
ある日、台風がやってきた。そして翌日沖田さん宅の訪問日。
常時荒れているので、いつもとたいして変わらない印象のゴミ屋敷。「おはよ~ございまぁ~す」とトラップをくぐり抜け沖田さんのもとへ。
いつも通りガチガチに動けない沖田さんが寝ているベッドにはスポットライトが当たっていた。上を向いて微動だにせず、うっすら微笑んでいる沖田さん。
(天のお迎え⁉)
(遺体安置⁉)
不謹慎にも一瞬本気でそう思った。
「沖田さん…布団びっしょりだよ…。なのに笑ってるの?」
「あ…そっか、看護師さんの日か。うん…。きれいだなぁ~と思ってさ。」
「ホントだ、確かにきれいだね。雲ひとつない…。」
前夜の台風で沖田さんの部屋の屋根が一部飛ばされ、半野宿の一夜を明かした沖田さん。ぽっかりあいた天井から見えた青空。
こういうのを蒼穹って言うんだろうなぁ…。と、しみじみ思った。
あの空間で沖田さんは沖田さんの世界を生きていた。
すべてのものがたりは実体験に基づいていますが、個人が特定されないよう一部脚色をしております。ご了承ください。
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